先日、あまりにも暑かったので、標高1100mの高地にある友人宅に遊びに行きました。
友人とは有機農家を営むシルバーナです。
私の住むウンブリア州のスポレートから、50kmほど東北に行くと、カッシャという町があるのですが、その郊外に住んでいます。アペニン山脈のふもとにあるため、とても冷涼。
彼女は、絶滅種の豆ロベイア(野生のグリンピース)を作りスローフード協会の認定品にしたり、300年前にこの地域で盛んだったサフラン栽培を復活させたり…と、ただの農家さんではありません。
知的で、歴史的な造詣も深く、またパッションのある女性。
私はそんなシルバーナのことをすごく尊敬しています。
さて、現在は9月に植えるサフランの球根を処理する仕事で大忙し。
サフランはクロッカスの仲間で、薄紫色の花がとっても美しい。めしべは、水に着けると黄色く発色するため、ミラノ風リゾットやパエリア、ブイアベースなどの色づけに使われます。
中世の貴族もこぞって使ったという貴重な香辛料です。
球根の処理とは、去年の球根の古い根を除く仕事です。綺麗に掃除すれば、今年も再利用できるので、効率的といえば効率的ですよね。
球根の掃除をしてから、お待ちかねのランチタイム。
今日は、ズッキーニのパスタと自家製キアーナ牛のポルペッタ(肉団子)です。
ワインは、私が持参したのは、白ワインのNessuno(ネッスーノ:誰もいない)。
ウンブリア州を代表するワイン処モンテファルコ(赤ワインのサグランティーノが有名です)の有機ワイナリーMoretti OmeroのIGT、2011年で、ブドウ品種はグレケット7割にマルヴァジア・アロマーティカ3割です。
フワッとグレープフルーツの香りはグレケット、マスカットの甘い香りはマルヴァジアの特徴ですね。さっぱり酸味もある程度あり、舌に転がすと甘み、そして最後はほろ苦さが残ります。
シルバーナが、ワインのお礼を言うと共に、面白い名前ねぇ、としみじみ言います。
私が「ここのワイナリーのご主人が、ネッスーノはオデッセイから付けたって言ってたわよ」
ああ、とシルバーナは、ハッとした顔をして、「ホーメロスの長編叙事詩のオデッセイのなかの巨人との逸話ね」と言いました。
なんでも、島の洞窟に住んでいる巨人ポリュペーモスが、トロイア戦争の帰途、捕まってしまい、部下たちが食べられてしまう。二人ずつ部下を食べるポリュペーモスに、お酒で機嫌を取るオデッセイ。すっかり気をよくした巨人が、名を訪ねると「ネッスーノ(誰でもない)」と答えます。
巨人が酔いつぶれた所で、生き残りの部下と共に巨人の目を潰し、逃げおおせます。ポリュペーモスの悲鳴を聞きつけ、仲間が駆けつけ、「誰にやられたんだ」と聞くも、「ネッスーノ(誰でもない)」と答えるので、なす手もなく帰ってしまうのです。
イタリア人ならば誰でも知っている物語なのでしょうか。
シルバーナもそのお嫁さんもスラスラと物語の筋書きを教えてくれたので、きっとそうなのでしょうね。日本人の「桃太郎伝説」みたいなものなのかしら。
もちろん、このワインの名は、Moretti Omeroのオメロ(つまりホーメロスと同姓)にちなんで着けられたに違いありません。なかなかお洒落なネーミングですね。
ちなみにイタリアワインのラベルは、難解かもしれません。
いろんな情報がたくさん書いてあって、しかもイタリア語だし…意外なことに、ワインの名前自体、付けなくてもいいのです。決まりごとはいくつかあるのですが、「名づけ」は必ずしも必要ないんですよね。
イタリアワインのラベルは、「表示が義務付けられている項目」と「付加的に表記することができる」項目があります。それらを覚えていると、ラベルが分かるようになる近道ですよね。
そして表示の義務のないワインの名前というのは、作り手の「想い」の表れだと言えるでしょう。名を記すことで、味わいが想像しやすくなるから、不思議ですよね。
「ネッスーノ」この響きから、あなたならどんなワインを想像するでしょうか。